低温菌を用いたシンプル酵素触媒の開発
なぜ、低温菌を宿主にするのか
これまでのバイオ(微生物細胞)によるものつくり(物質変換)は、微生物を生かしながら(生細胞で)行うため、基質・原料が細胞の代謝機能にも使われ、そのままでは様々な代謝物質を副産物として作ってしまう。これでは効率良く物質変換を行うことはできない。多くの場合、これを回避するために、ものつくりに不要な代謝酵素を発現しないように細胞代謝を改変して最適にする手法が取られる。しかし、改変によりものつくりに最適な細胞を創り上げるには多大な時間と手間を要する。また、そもそもすべての不要な酵素を削ぎ落とすことは生細胞でものつくりを行う限り不可能である。
そこで当研究室ではもっと簡便な操作で高収率なものつくりを行う細胞(生体触媒)の開発を進めている。それが低温菌を用いた「シンプル酵素触媒」である。低温菌は中温では生育できず、10~30℃で生育できる菌である。その低温菌を宿主として中温菌の酵素を発現させ、化学品生成経路を構築する。この細胞を中温(40~50℃)で熱処理すれば、低温菌の代謝酵素を失活できる。したがって、この生体触媒は中温菌由来の酵素で構成されたものつくりのみが進行する。これならば副産物を生じることなく収率100%の化学品生成を行うことが可能になる。熱を加えるだけで副産物をカットできることから「シンプル」である。
低温菌シンプル触媒のメリット
補酵素やATPなどを化学品生成で100%利用できること、酵素を精製することなく容易に調製できること、短期間に開発できることなどが、これまでのバイオによる物質変換に優位な点として挙げられる。
低温菌を宿主にすることで中温菌、植物、動物などの多彩な中温性酵素を利用することが可能になる。Genomes Online Database (https://gold.jgi-psf.org/)でこれまでにゲノム解析された微生物を高温菌、中温菌、低温菌に分類して比較するとその9割は中温菌である。また、熱処理で低温菌細胞が部分的に壊れるが、これにより原料・基質が細胞内に自由に入ることができる。取り込み系(トランスポーター)の発現や薬品により処理をしなくても熱処理で膜透過性が向上することも大きなメリットになりうる。
ポリマー原料の高収率変換
これまでにポリマー原料である3-ヒドロキシプロピオンアルデヒド(3-HPA)やアスパラギン酸の効率的な変換を実現している。3-HPAはグリセロールから変換されるアルデヒドであり、1,3-プロパンジオールの中間体であるが、それ自身もアクリル酸の原料として利用される有用化学品である。50 mMのグリセロールを収率99%で3-HPAに変換することができた(関連文献1, 3)。
アスパラギン酸も米国DOEがバイオリファイナリーの基幹物質として選定する10化合物の一つであり、重要な化学品である。大腸菌のアスパルターゼを低温菌に発現させた細胞を50℃で熱処理することにより競合する低温菌の代謝酵素が失活し、アスパラギン酸を高生産した。また、細胞をアルギン酸で固定化することにより繰り返して利用することが可能となり、95%以上の変換効率を9回維持することができた(関連文献2)。
今後の展開
現在宿主として用いている低温菌は大腸菌などと比較して増殖速度が遅く、収量が低い。そこで、低温環境(北海道道東沖の海底泥)から増殖の速い菌の単離を進めている。同時に増殖培地や培養条件の最適化を図っている。
低温菌に異種タンパク質を発現させるためのプロモーター、発現ベクターの構築を進めている。現在使用しているプロモーター(tac)は低温菌での発現には若干弱く、複数の遺伝子をタンデムに並べて発現した場合に充分な活性が確保できない懸念がある。そこで、低温菌で高発現できるプロモーターの探索を行っている。
複数種のタンパク質(酵素)の同時発現においてその反応効率性も重要なポイントとなる。酵素間に適当なタグを導入するなどして近接化させることにより変換反応が効率的に進むように触媒構築の基盤技術を構築したいと考えている。
<関連文献>
田島 誉久,緋田 安希子,加藤 純一:低温菌シンプル酵素触媒による効率的な物質変換,Journal of Environmental Biotechnology, 21(1), 9-16, 2021(環境バイオテクノロジー学会誌 21巻1号)doi: 10.50963/jenvbio.21.1_9
M. Mojarrad, T. Tajima, A. Hida, J. Kato: Psychrophile-based simple biocatalysts for effective coproduction of 3-hydroxypropionic acid and 1,3-propanediol, Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 85(3), 728-738 (2021) doi: 10.1093/bbb/zbaa081
M. Mojarrad, K. Hirai, K. Fuki, T. Tajima, A. Hida, J. Kato: Efficient production of 1,3-propanediol by psychrophile-based simple biocatalysts in Shewanella livingstonensis Ac10 and Shewanella frigidimarina DSM 12253, Journal of Biotechnology, 323, 293-301 (2020) doi: 10.1016/j.jbiotec.2020.09.007
G. Luo, M. Fujino, S. Nakano, A. Hida, T. Tajima, J. Kato: Accelerating itaconic acid production by increasing membrane permeability of whole-cell biocatalyst based on a psychrophilic bacterium Shewanella livingstonensis Ac10, Journal of Biotechnology, 312, 56-62 (2020) doi:10.1016/j.jbiotec.2020.03.003
T. Tajima, K. Tomita, H. Miyahara, K. Watanabe, T. Aki, Y. Okamura, Y. Matsumura, Y. Nakashimada, J. Kato: Efficient conversion of mannitol derived from brown seaweed to fructose for fermentation with a thraustochytrid, Journal of Bioscience and Bioengineering, 125(2), 180-184 (2018) doi:10.1016/j.jbiosc.2017.09.002
T. Tajima, M. Hamada, Y. Nakashimada, J. Kato: Efficient aspartic acid production by a psychrophile-based simple biocatalyst, Journal of Industrial Microbiology & Biotechnology, 42(10) 1319-1324, (2015) doi:10.1007/s10295-015-1669-7
T. Tajima, K. Fuki, N. Kataoka, D. Kudou, Y. Nakashimada, J. Kato: Construction of a simple biocatalyst using psychrophilic bacterial cells and its application for efficient 3-hydroxypropionaldehyde production from glycerol, AMB Express, 3(1), 69 (2013) doi: 10.1186/2191-0855-3-69
加藤純一,田島誉久,黒田章夫,廣田隆一,大竹久夫,本田孝裕: ケミカルの低炭素バイオ生産のための微生物利用技術開発,化学工業,64(6),46-50,(2013)