有機溶媒耐性細菌を利用した非水系バイオプロダクション技術の開発
生物機能を活用した生産技術は親水性の世界では非常な成功を収めた(アミノ酸、核酸、有機酸、エタノールなど)。しかし、我々の身の周りを眺めてみると多種多様な疎水性の化学製品に囲まれていることに気付く。このような化学製品、もしくはその中間体となる化学品をバイオで生産できないか?これが、本研究の出発点である。
もし、それが可能となれば、バイオプロダクションの世界を疎水性物質にまで拡大することができる。これまでもその試みはなされてきた。しかし、ほとんどの場合、原料および生産物の生物毒性が大きな障害となって挫折してきた。今では、疎水性の世界にバイオプロダクション技術を展開するなど「土台無理である」という風潮が占めている。近年、ゲノムを解析および操作する技術の発展、それに有機溶媒に極めて耐性な細菌の単離がなされるに至り、状況が変わってきた。
本当に疎水性の世界でのバイオプロダクションは「土台無理」なのか?我々は、新たに登場してきた技術を駆使して非水系バイオプロダクションの基盤技術開発に挑んでいる。
非水系バイオプロダクションの基盤技術
ちょっと乱暴ではあるが鉈で割るように石油化学プロセスの反応を分類すると、主要な反応は酸化還元反応と重合反応に分類される。このうち、バイオプロセスの導入が期待できるのは酸化還元反応である。
生物による酸化還元反応では、反応の進行に還元力の供給が必要である。さらに酵素の安定性を勘案すると、疎水系での酸化還元反応は精製酵素よりも菌体そのものを生体触媒として用いるのが有利であろう。原料は石油炭化水素およびそれ由来の疎水性物質であるので、反応は水相(培地もしくは緩衝液)に原料もしくは原料を溶解する有機溶媒を重層する二相反応系が想定される(Fig. 1)。
石油炭化水素は生物毒性が強いことを考えると、非水系バイオプロダクションのための基盤技術/ツールは、
* 高度に有機溶媒に耐性な宿主微生物
* 目的の反応を行う高性能の酵素及びその遺伝子
* 宿主微生物を分子育種するための遺伝子組換え技術
* 二相反応系のためのバイオリアクター
であると考えられる。
有機溶媒耐性細菌
トルエン重層下の環境でも増殖できる有機溶媒耐性細菌(Pseudomonas putida)の初出はInoue & Horikoshiの1989年の報告である(1)。以来、ことにPseudomonas putidaを中心にいくつかの有機溶媒耐性細菌が単離されてきた。
我々は、交通量が多い道路端の土壌から有機溶媒耐性のベンゼン酸化細菌Rhodococcus opacus B-4株を分離した(Fig. 2)(2)。B-4株はベンゼンが10~90%(vol/vol)存在する条件でもベンゼンを資化して増殖する。ベンゼン以外のトルエン、 o-,m-,p-キシレン、エチルベンゼンの芳香族炭化水素、オクタン、デカンなどの脂肪族炭化水素も資化し、かつ耐性も示す。また、我々は工業廃水処理施設の活性汚泥から有機溶媒耐性のトルエン酸化細菌Pseudomonas putida T-57株を分離した(3)。T-57株は10~90%(vol/vol)のトルエン存在下でもトルエンを資化して生育する。ベンゼンには耐性を示さないものの、トルエンよりlog Pow(1-オクタノール/水分配係数の対数値:疎水度の指標)が高い有機溶媒には耐性を示す。
これらB-4株およびT-57株は、非水系バイオプロダクションのための次世代宿主として有望な株である。
(1) Inoue, A., Horikoshi, K. Nature, 338:264-266 (1989).
(2) Na, et al. J. Biosci. Bioeng., 99:378-382 (2005).
(3) Faizal, et al. J. Ind. Microbiol. Biotechnol., 32:542-547 (2005).
遺伝子組換え技術
Pseudomonas属細菌を始めとするグラム陰性細菌の広宿主域ベクターが多数構築されている。P. putida T-57株でもこれらベクターが利用可能である。また、染色体相同組み換えによるゲノム操作技術も構築している(3)。Rhodococcus属細菌で機能するベクターはわずかである。そこで、R. opacus B-4株が保有する小型環状プラスミドを利用してE. coli-R. opacusシャトルベクターの構築を行い、それに成功している(4)。さらに、形質転換の条件も至適化し、染色体操作も可能になっている。
P. putida T-57株と同種のP. putida KT2440株のゲノム配列はすでに公開されているので、T-57株の分子育種にはその情報が活用できる。また、R. opacus B-4株は有望な次世代宿主として認められ、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)によってそのゲノム解析が行われた。
(4) Na, et al. J. Biosci. Bioeng., 99:408-414 (2005).
芳香族炭化水素の水酸化
まず、石油化学プロセスで重要な芳香族炭化水素の水酸化反応に焦点を当て、そのバイオプロセス化に挑戦した。具体的にはトルエンを酸化しクレゾールに変換する酸化反応をモデル系とした。分離したP. putida T-57株はトルエンジオキシゲナーゼ経路(Fig. 3)を有し、この経路でトルエンを資化している。トルエンジオキシゲナーゼ経路ではクレゾールを経ずにメチルカテコールが生じ、さらに芳香環が開環され代謝されていく。しかし、最初の中間代謝産物であるトルエンcis-グリコールは化学的に不安定で、酸性条件で容易に脱水しクレゾールになる。そこで、トルエンcis-グリコールを代謝するトルエンcis-グリコールデヒドロゲナーゼの遺伝子(todD)を破壊すればトルエンcis-グリコールが蓄積し、さらにはクレゾールが生産されると考えた。P. putida T-57株のtodD遺伝子破壊株を作成して1-オクタノール/トルエンの重層下培養を行ったところ、確かにo-クレゾール(mおよびp体は蓄積しない)が蓄積することが判明した。大阪大学大竹研究室との共同研究により、現在有機溶媒層に50g/lのo-クレゾールが蓄積することが判明している。今後、培地成分や培養条件の至適化、菌の育種(当該酵素発現の向上など)を行えば、さらに多量のo-クレゾールを蓄積できると期待される。
トルエン→o-クレゾールの反応はあくまでもモデル反応系であり、非水系でのバイオ酸化プロセスの可能性を探るものである。今後は、実際的な反応系をターゲットに開発研究を進めていきたいと考えている。